「ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピック・パラリンピック」でTEAM JAPANが着用するオフィシャルスポーツウェアは、「パフォーマンスとサステナビリティの両立」というコンセプトを掲げて開発が進められました。TEAM JAPANワードマーク、チームエンブレム、そして〈アシックス〉のブランドロゴを背負うウェアは、デザインを超えた意味が託されています。約2年に及ぶ開発の裏側には、時間や手間との戦い、そして責任の重さがありました。そのプロセスはどんなものだったのか。開発チームの大堀亮さんが語ります。
大堀亮
株式会社アシックス アパレル統括部開発部デレゲーションプロダクトチームマネジャー。TEAM JAPANのオフィシャルスポーツウェア開発をリードし、オリンピック・パラリンピックに向けたプロダクト開発に携わる。
約2年前くらいですね。開会の3~1年半前くらいからスタートするのが通例です。
一昨年の「パリ2024オリンピック・パラリンピック」でも我々がTEAM JAPANオフィシャルスポーツウェアを提供したのですが、その際にはじめて、プロダクトの製造過程において排出する二酸化炭素の量を計算して表記しました。サステナビリティの啓蒙の一環として、このような取り組みを行なったというのが経緯です。とはいえ、そこばかりに目がいってしまうと、アスリートのパフォーマンスにも影響を与えてしまいます。
そうですね。リサイクル素材を採用したために、生地の強度が保てなかったり、ストレッチ性などの機能が発現しないのは本末転倒です。だから機能性をきちんと担保した上で、地球環境に配慮したものづくりをしましょうということで、開発をしました。それを今回の大会でも継続しています。
我々は機能性を重視する一方で、環境負荷の少ないものづくりを行なうのと、製造過程で生まれる二酸化炭素の排出量を計算するという前提が生まれます。材料選びにしても、通常のポリエステルか、それともリサイクルポリエステルにするかで排出量の計算が変わってくるんです。当然それが機能に与える影響もありますし、バランスの取り方が非常に難しい部分でした。
ジャケットの内側には、1着の材料調達から廃棄されるまでの過程で排出された二酸化炭素量 を明記するタグがついている。
具体的な目標数値はありませんでしたが、できる限り最小限の排出量で、透明性をきちんと確保しようということで、排出量をきちんと表記するということは決まっていましたね。〈アシックス〉としても過去に重衣料でそうした計算をしたことがなくて、実際にどれくらいになるかということも分からないままでのスタートでした。結果として「TEAM JAPAN PODIUM JACKET OUTDOOR」では1着に対して39.7kg、「TEAM JAPAN PODIUM JACKET INDOOR」では10.0kgの排出量でした。
そうですね。着るのはTEAM JAPANのアスリートなので、コンセプトやストーリーなどは我々が提案をするのですが、そこからJOCさまやJPCさまと共に練り上げていく形になります。
それがすごく難しいところで、我々としては実際に着用するアスリートの意見を参考にしたいと考えています。しかし、製作期間中はまだ各競技の選考が行われている段階で、生の声を反映することはできないのに加えて、特定のアスリートの意見を反映してしまうと、そのひとのためのプロダクトになってしまう懸念もあります。
半透明の中に見える粒は、引手を生産している工場から出た廃材。あえて可視化することによって、環境に配慮したものづくりのストーリーを主張している。
あとはパラリンピックのアスリートも着用されるので、障がいのあるひとたちの視点も同時に必要になります。たとえばファスナーの取手を持ちやすくしたりとか、そうした配慮も大事な要素です。
すべてのアスリートにとっての最適なウェアを製作をするのは簡単なことではないのですが、だからこそJOCさまやJPCさまの意見をできるだけ取り入れるようにしています。ただ、大会が終わったあとにアスリートや関係者からアンケートなどを取ってフィードバックをいただき、そのフレッシュな情報を次の大会に活かすという仕組みはあるので、そちらを最大限活用していますね。
これはJOCさま、JPCさまとの協議の中で決まりました。「パリ2024大会」のTEAM JAPANオフィシャルスポーツウェアを高く評価いただいたということもあり、その熱気や興奮を「ミラノ・コルティナ2026冬季大会」にも繋げようという意向がありました。今回はそこに「RYUSUI(流水)」という日本の伝統紋様からインスパイアされたグラフィックを重ねています。
〈アシックス〉は日本発祥のブランドということもあり、「ジャポニズム」というデザインフィロソフィーを掲げながら、日本の文化や芸術に着想を得てデザインを考えています。「パリ2024大会」のときは「矢絣(やがすり)」という弓矢の羽をモチーフにした柄を取り入れましたが、今回はアスリートが動き続ける様を流水紋と重ねてデザインしました。
冬季の環境下なので、雨や雪にも対応できる生地を選定しています。表地はリサイクルポリエステル100%で、防水のフィルムに関してもポリエステルベースのものをラミネートしており、非フッ素のものを採用していますね。どちらもそのままマテリアルリサイクルがしやすい素材になっています。
見た目に関してはポケットに意匠性と機能性を持たせています。ポケットを大きくして、中には細かな仕切りを取り入れることで、収納性を高くすると同時に、それがデザインとしても魅力的に見えるようにしました。
保温性に関しては、身体の熱くなりやすい部分や発汗量の多いところをマッピング化した「アシックスボディサーモマッピング」という研究・分析の結果に沿って、適材適所に保温剤をレイアウトしています。ダウンも入れすぎると熱くなりすぎたり、動きづらさや、重量が増えてしまうというデメリットもあるので、量を減らしつつ、効果的に保温することが重要です。今回はチューブ状にダウンを充填することによって、暖めたいところをピンポイントで暖められるようにしています。そうすることによって、ダウンの量も減らせるんです。
できなくはなかったけど、すごく手間がかかるんです。従来は表地と裏地の隙間にダウンを入れて層をつくり、その上からステッチを施していましたが、そちらのほうが作業が効率的です。ですが今回は、一度チューブをつくり、そこにダウンを充填して、また閉じるという作業になる。機能的にはこちらのほうがパフォーマンスが高くなるのですが、工程が増える上にコストもかかるということで、なかなか一般的な衣料では取り入れにくいのが現状です。だけど今回は特別なものになるので、機能を優先的に考えて採用しています。
ジャケットの後ろ見頃には、衣服内の湿度を逃すベンチレーション用の空気孔が。比翼仕立てにすることで、表からは見えないようになっているのもポイント。
そうですね。汗が蒸れてダウンが濡れてしまうとロフト(嵩)が落ちてパフォーマンスも損なわれてしまうため、チューブのあいだに小さな穴を入れて湿度が逃げる設計になっています。そうした研究も「アシックススポーツ工学研究所」で行われていて、その結果を反映した構造になっているんです。衣服内が蒸れると汗冷えにつながるので、衣服内環境をベストに保つようにベンチレーション機能を備えていますね。
換気はしやすい一方で、シルエットに影響をしたり、動きやすさに影響する可能性もあります。アスリートにとっては、開閉する手間を省き、機能がオートマチック化するほうがいいということで、こうした構造になっていますね。
ファッション的な視点でいくと、ゆったりとしたほうが好まれるのかもしれませんが、アスリートは従来のスポーツウェアのフィット感を好まれる方も多い。そのバランスを取りながら、カッコよく見えるシルエットを探りました。あと、アスリートによっては重ね着をしたりするので、それも考慮に入れながら、サンプルをつくる度に調整を重ねたんです。
大きくは3回つくりました。1回目はプロトサンプルで、そこからJOCさま、JPCさまからのフィードバックをいただき、2回目のサンプルをつくります。さらにそこから微調整を重ね、ファイナルサンプルをつくるのが流れです。とはいえ、ひとつのサンプルをつくるのに数ヶ月は時間がかかります。そこから協議を重ねて次のサンプルをつくるとなると、どうしても時間がかかってしまいますね。
最初のサンプルはパターンからつくらなければならないし、セカンドやファイナルは実際の生地も使用するので、時間との戦いにもなってくるんです。
簡単な仕事ではないのでしんどさもありますが、やっぱりやりがいはすごく感じてますね。
こちらはトラックスーツになりますね。スケート競技など、室内で行われる競技でTEAM JAPANが着用するためのものです。室内といえどスケート会場は冷えるので、暑すぎず、保温性に優れた素材を選びました。いわゆるフリースのような素材ですが、生地は2層になっていて、四角いグリッドのひとつ一つにマイクロファイバーが入っています。これによって保温機能が高まり、着るとじんわりと暖かくなります。ただ、暑すぎるという懸念もあるため、編み地の緩い部分もつくることによって、適度に蒸れが逃げる構造になっているのがポイントです。ストレッチも効いているので、着心地もいいですよ。
一般的なフリースと比べて、家庭洗濯時のマイクロファイバーの抜け落ちが平均8割も低減するように設計されてます。 そこが環境に配慮したポイントです。
脇下にマチを入れることで肩を動きやすくしたりなど、アスリートの動きやすさを重視していますね。あとはチロルテープと、首、袖、裾のリブの編み地でも「RYUSUI」の模様を表現しているんです。
開発チーム内でもどこまで追求すべきかさまざまな意見があったのですが、スペシャルなプロダクトですし「やりきろう」ということでまとまりました。ちなみにこのリブの部分もリサイクル素材を使っています。
イタリアの山岳地帯で開催される大会ということで、チロルテープを採用したんです。このテープでチャーム(TEAM JAPAN TSUNAGU CHARM)をつくるワークショップも開催しました。参加してくれたお子さんたちにメッセージを書いてもらって、TEAM JAPANにそれを渡すというプログラムで、「パリ2024大会」のときはTEAM JAPANのアスリートがバッグにつけてくれたりしていて、その姿がメディアでも報道されていました。
「RYUSUI」のグラフィックを落とし込んだTEAM JAPAN応援Tシャツと、フリースマフラーをつくりました。夏季大会ではアスリートが着るTシャツのレプリカになるのですが、冬季の場合は「TEAM JAPAN PODIUM JACKET OUTDOOR」に採用している柄をTシャツにして、応援グッズにしましょうということでデザインしています。ポイントとしてはスウェットやセーターの上からでも着られるように大きなサイズにしているところですね。フリースマフラーは保温性を高めた仕様です。
正直、ドキドキですよ。なにかあったらアスリートのパフォーマンスに影響がでる。だからつくって終わりではなく、つくってからかが勝負なんです。なにも起こらずに大会が終わることが我々にとっての成功だと思います。
例えば生地が破れたり、プリントが剥がれたり、機能構造に問題が発生したら一大事です。もちろん自分たちで着て、テストも当然していますが、それでも想定外のこともある。あとはSNSの反応なんかも気になったりします。だから全然安心できませんね。
もちろんです。責任は大きいですが、ゼロから最後まで関われる仕事なので、アスリートたちの結果がよかったときのよろこびはひとしおです。プロダクトの良し悪しに対する評価もあるけど、結局はアスリートたちのパフォーマンスがすべてです。
ぼくたちがつくっているのは競技用のものではありませんが、そこに向かうまでのウェアなんです。つまり、その中でTEAM JAPANのアスリート・スタッフの負担をどれだけを減らせるかが勝負なんですよ。腕が上げにくいとか、なんかシルエットの収まりが悪いといった違和感も、蓄積することによってパフォーマンスに影響する。
ぼく自身、過去の大会のプロダクトも手がけてきて、最初は単純にかっこいいものをという気持ちがありましたが、「そうじゃない」という気持ちがどこかで芽生えた。いまは本当にTEAM JAPANを支える気持ちでやっていますね。
スポーツの力がみんなの気持ちをポジティブに変えることってあるじゃないですか。だからやっぱり意義のあることだと思うし、そこで競い合うアスリートのパフォーマンスを支えるプロダクトになればいいなと思いますね。
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